雲ノ平へ

 山をやっている同業からほぼ必ず聞かされるがあります。「北アルプスの一角、黒部の奥地にある『雲ノ平』。あそこは良いぞ」と。初めてその名を知ったのは五年前のある宴席にて、山を嗜む大御所から話を聞かせて頂いたときでした。その後も別々の知人達から何度か話を聞くことが重なり、初めて登山靴を買った頃から一大目標にしていましたが、この夏ついに行ってまいりました。

 仲間のアドバイスに従い、富山県の折立登山口をスタート/ゴールとする定番のコース。まだテントまでは揃えていないので山小屋を泊まり歩くスタイルです。始めはちょっと味気ないガレ気味の登りが続きますが、三泊目を予定している太郎平小屋を過ぎた辺りから降りに変わり、雰囲気もガラリと変わってきます。深山めいてきた小川を越え、木道をひたすら辿って昼過ぎには一泊目の薬師沢小屋に到着しました。山歩きに慣れてなくてかなりのハイペースになってしまいましたが、自分で稼ぎ出した貴重な時間です。小屋の支配人さんの勧めもあり、ビール片手に大物のヤマメを眺めながら清流を辿ったり小屋に置いてあった本(なんと支配人さんが出版した本!)を読破したりと、日々の生活ではあり得ないくらいノンビリと過ごさせて貰いました。この薬師沢小屋は沢から水を引いているので贅沢に使え、その日は宿泊客の人数がほど良くて混雑しておらず、夕飯時には同じ卓を囲んだ人達と談笑したりと、良い時間を過ごせたなぁ。

 明けて二日目、山の朝は早い。

 夜明け前に準備を終えていざ出発、本日の目的地こそ5年越しの一大目標。薬師沢小屋から雲ノ平に登るには2ルートあり、行きのルートはちょっとハードな大東新道を選びました。幾つもの小滝やせせらぎを横目にしばらく沢沿いを降っていくとだんだん地形がゴルジュになっていきます。こういう景色ワクワクしてくる。河原を歩いたり山道に入ったりして歩みを進めると、山からの支流が合流する深い淵に辿り着きました。この空間の力が凄まじくて、しばらくその場に佇んでいました。あの景色をなんとか写真に収めようとしましたが私の力量では及ばす。のちの雲ノ平も含め、この山行で最も印象に残った光景だった。

 地図を確認するとちょうどそこが分岐点で、沢から離れて登りに入り、トラバース気味に山頂エリアを目指すルートに変わります。ここからがかなりきつく、急傾斜をなんとか登って高度を稼いだと思ったら今度はガクッと降り、そして目の前にはさっき登った様な急坂がぁぁ・・の繰り返し。半ば無になりつつひたすら頂上を目指したなぁ。

  やがて樹影がまばらになり始め、いつの間にか青空のもと溶岩石と背の低い草木が広がる高原を歩いていて、やがて見えてくる赤い屋根。ついに憧れの雲ノ平山荘に到着しました。

 この二日目、直前までは大雨の予報でしたが実際は予報に反しての快晴で、むしろ陽射しの強さを感じながら〝庭園〟と称されるあちこちの景色を堪能させて貰いました。庭づくりを生業にしちゃいますが、自然には勝てねーなぁ。。やがて日が落ち、夜空を彩り始める満点の星々。天気予報を曲げてまでこんな景色を見せてくれたことに、ただただ感謝、お腹いっぱいになりました。あ、山荘名物の石狩鍋も非常に美味でした(笑)

 小さな自分と大きな地球を感じられた事でも、本当に来て良かった。ここはまさしく天上の楽園でした。

 そうして三日目。この日は最短ルートで薬師沢小屋まで戻り、初日に通り過ぎた太郎平小屋に戻る行程、今回最も長い距離を歩く予定です。ガスが通りつつも朝日の差す中、高原エリアから鬱蒼とした山へと戻ります。途中、藪からガサガサ・メキメキ聞こえて来たのには焦った💦柏手を打ちつつ独り大声で掛け声を上げながら通り過ぎましたが、多分、そうだったんでしょうねぇ。八月には折立登山口付近でバックパックを熊に掻っ攫われる事があったそうで。ちょっとヒヤヒヤしつつも来た道を戻り、安心の薬師沢小屋で水を補給しつつも11時前には太郎平小屋に到着しました。

 ここでひと思案。。下山から神奈川へ戻る4日目を予備日と勘違いしてしまっていて、その日の夜に人と会う約束をしてしまった。おそらく間に合うだろうが正直かなりきつい💧こちらから持ち掛けた約束だし出来れば余裕を持って会いたい。ここからはひたすら降りだし、自分のペースなら2時間くらいで折立まで戻れるだろう、ならば小屋をキャンセルして今日中に帰ってしまおうか、と。

 今にして思えばこれは山歩きを侮った危うい判断だったんだろうな。太郎平小屋が見えなくなったあたりから太ももがバキバキになって脚が上がらなくなり、みるみるうちにペースが落ち始めてきました。ここまでコースタイムの7割を切る様なハイペースで歩いてきたツケが一気に来たようで。これまで誰にも抜かされず歩いてきたのが一人に抜かれ二人に抜かれ、降りなのに登りと同じ時間掛かってようやく折立駐車場まで辿り着きました。

 ヘトヘトになりつつも立山市内の銭湯で三日ぶりの湯に浸かり、日も暮れた帰りの高速では長野で土砂降りに遭い、今の集中力で運転するのは無理だと判断、急遽ホテルを取って一泊し、翌日の午前中に我が家に到着しました。これなら予定通り太郎平小屋に泊まっても三時間くらいしか変わらなかったかも、『最後ちょっと間違ってたよ』と指摘された様な気分でした😅

 最後はちょっとアレでしたが、それでも楽しかった。『雲ノ平は良いぞ』と皆が口を揃える理由がよく分かったし、今後自分がやりたい山歩きもはっきり見えてきた、意味の大きな山行になりました。これにて山をやる前からの一大目標は達成、次は屋久島か熊野古道か、子供を連れて尾瀬も良いな。

 ありがとうございました北アルプス。山の神様、今後も宜しくお願い申し上げます。

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